A09 手を貸した話

 これは、私が聞いた『手』に関する不思議なお話です。

 職業柄、私、他人の手を見ることが多いんですよね。
 あ、ちなみに私、スーパーでレジやってます。
 レジって、お客さんとお金のやりとりするじゃないですか。
 そういう時に、一番目に入るのが手なんですよね。
 いろんな手がありますよ。
 手はすっごいしわしわなのに、顔を見たらまだ若くって、20代~30代ぐらいだとか。
 逆に、けっこうお年寄りなのに、手はスベスベで、ネイルしてたりとか。
 あと、指のない人っていうのも、時々いますね。
 あ、でもその場合は、別にヤのつく職業ってわけじゃなくって、たぶん農業とか漁業に従事している方で、作業中に怪我をして――とかだと思うんですけどね。

 そんな中に、両手の小指がくの字に曲がってる人がいたんです。
 年は40代~50代のどれとも取れる女の人で、けっこう毎日買い物に来てくれる、常連さんですかね。
 レジをする間に、ちょこっとおしゃべりしたりして、なんとなく顔見知り的な感じになってて。
 名前は知らないけれど、便宜上、Aさんとしておきますね。
 そのAさんが、ある日、私に言うんです。
「このしばらく、夢見が悪くて……」
 田舎ですからね。お年寄りじゃなくても、そういうこと気にする人は気にするんですよね。
「眠れないとかですか?」
 私が尋ねるとAさんは、小さく首をふります。
「そういうわけじゃないんだけど……なんだか、同じ夢ばかり見るの」
「へぇ……」
 もともと、そんなにプライベートなことを話す人ではなかったので、珍しいなって思ったんですよ。
 で、なんか気になったし、ちょうどお客さんも少なくて大丈夫そうだったので、私、お会計が終わったあと、Aさんの荷物をサッカー台に運んで、袋詰めしてあげることにしたんです。
 これなら、話していても一応、仕事してることになるし。実際、その日のAさんの買い物はかなり多かったんで。
 で、袋詰めしながら聞いたところによると。
 夢の中に、真っ黒な影みたいな人が現れるんですって。
 声から察するにそれは男で、おまえの手を貸してほしいって言うんだそう。
 でもAさんは、手がなかったら不便だし、なんか怖いからって断って――そこでいつも目が覚めるんだとか。
「これでもう、一週間もこの夢を見ているのよ。なんだか、気味が悪くて……」
 話し終わって言うAさんに、私はまず疑問に思ったことを口にしてみました。
「その男は、なんで手を貸してほしいんでしょう?」
「さあ……」
 首をかしげたあとAさんは、思い出したように言います。
「そういえば、子供のころに祖母から私の小指は『金かき指』だって言われたことがあるわ」
「金かき指?」
「そう。曲がった指がお金をかき集めるのに良さそうだからって、そう言うんだそうよ。お金に不自由しないんですって」
 問い返す私に言って、Aさんは笑います。
「自分では、そこまで裕福だって思ったこと、ないんだけどね」
「はあ……」
 曖昧にうなずく私に、Aさんはもう一度笑います。
「話、聞いてくれてありがとう。おかげで、なんだかすっきりしたわ」
「いえ。……話ぐらいなら、いつでもお聞きします」
 私は言って、詰め終わった荷物を渡してあげました。
 Aさんは、本当にすっきりしたのか、荷物を受け取るといつもどおりの明るい顔で、店を出て行ったんですよね。

 そのあとしばらく、Aさんが来店することはありませんでした。
 なんとなく気にはなってたんですけど、相手はあくまでもお客さんだし、どこに住んでるかとかも知らないわけで、どうしようもないっていうのが本当だったんですよね。
 なので、その日Aさんが私のレジに来られた時は、なんだか少しホッとしたものでした。
「いらっしゃいませ。しばらくお顔を見ないので、気になってました。お元気でしたか?」
 心配しすぎだろうかと思いながら、私、思わずそんなふうに話しかけてました。
 するとAさんは「実は、あれから進展があって……」と言うのです。
「この間、話を聞いてもらった時、あなたに『なんでその人は手を貸してほしいんだろう』って聞かれたでしょう? 私もそれが気になって。それで、夢の中で尋ねてみたのよ。そしたら――」
 夢の中の相手は、どうしてもその手を使ってかなえたいことがあるんだと、言ったんだそうです。
『おまえの手は、不思議な力を持っている。その手を使って本気で願えば、ほしいものはかならず手に入るのだ。だから、その手を貸してほしい』
 相手は、本当に必死な声音でそう言ったんですって。
 話を聞くうちに、Aさんはなんだかその人が可哀想になって来たんだそう。
 昼間、私に話したことで、その状況を冷静に見ることができるようになってたのかも……とも言ってましたね。
 それで、訊いてみたんだそうです。
「もし、私が手を貸したとして、その間、私はどうしたらいいの? 手がなければ私は生活する上で、とても不便なんだけれど」
『その心配はない。我とおまえのいる空間の時間の流れは違う。おそらく我の用は、おまえが眠っている間に終わるだろう』
 相手は、そんな答えを返したんですって。
 それで、まだ少しだけ不安ではあったけれど、Aさんは手を貸してあげることにしたんだそう。
「手を、貸したんですか? それで、大丈夫だったんですか?」
 レジをしながら話を聞いていた私は、びっくりして思わず問い返しました。
「ええ、おかげさまで」
 Aさんは、ほら、と自分の両手を私の方に掲げてみせました。
 たしかに、どちらの手もそろっています。
 それは両方の小指が曲がった、Aさんの手に間違いありません。
「夢の中では、手首から先が急に軽くなって、何もないような変な感覚だったの。でも明け方、耳元で『返すぞ』という声が聞こえた気がして……目が覚めたら、手は普段どおりこうしてあったわ。だから、やっぱり夢だったのかなって思っていたのよ」
 Aさんは笑って言うと、話を続けます。
「その日からその夢は見なくなったわ。ただ……そのあと、不思議とクジ運がよくなっちゃって」
「クジ運ですか」
 問い返す私にAさんは、言います。
「ずっと前に応募してすっかり忘れていたネットの懸賞に当たったり、夫が人からもらった宝くじが当たったり。……偶然かもしれないけど、先日は息子がもう少しで事故に遭うところを無事にやり過ごしたりもしたの」
「それは、すごいですね」
「ええ。……案外、夢の男の人がお礼をしてくれているのかも。――なんてね」
 合いの手を入れる私にAさんは言って、また笑います。
 Aさんはそのあと、お会計を終えてサッカー台の方に立ち去って行きました。

 結局、そのあとAさんはその夢を見ることはなくなったそうです。
 ちなみに、私と最初に夢の話をしたあと、店に姿を見せなかったのは当たったネットの懸賞で旅行に行っていたからだそう。
 その後もAさんは、今までどおり買い物に来ては、時々私や他の従業員と楽しげに話しては帰って行きます。
 ただ……気のせいかしら。
 最近、Aさんの手が妙に黒っぽくなってしなびて来たような――。
 いえ、やっぱり、私の気のせいですよね。

 さて。
 これで私の話は、おしまい。