C06 憎たらしい愛にさながら

 私の妻は三日前に死んだ。肉体を現世に落っことして、魂だけがこの家を去ってどこかへと行ってしまった。これから孤独の旅が始まるというのに彼奴は最期、私のまっかな目に口元を緩めて死んじまった。夫不孝にもほどがある、最低な女だ。
 私たちは家のとり決めでの結婚であったから、それほど情もない。ただ腹が減っても食事が出てこないのはめんどうだ。
 葬式のために働かせつづけた頭を休めたい。我が子同然に愛でているストーブの上に焼き網と食パンを載せて、石油が火になっていく様を眺めつづけている。季節外れは承知の上だが、いかんせん仕舞う気にもならない。この横着は結婚してから使われることがなかった。食べたいといえば妻がトースターを弄って用意したものだから。
 座布団まで手を伸ばすのも億劫で、冷たい木の床に、羽織っている薄く萎えた上着を寝かせ、どっしりと座りこむ。
 私の目よりよっぽど赤い火を覗かせているストーブより、私の目頭のほうがよっぽど熱いと思った。何者でもない私こそがこの火を熱くしてしまっていると錯乱するほどに。
 トーストに先駆けて顔面が焦げそうに熱い。視線を、椅子の背へかけてみた妻のカーディガンに逃がす。身じろぎひとつせず拗ねているその若草色に、彼奴の料理を思い出させられる。結婚して初めて驚愕したことというのは印象が強く、いつまで経っても呪いのように脳に焼きついている。
 座ったまま覗ける台所を、わざわざ私は立ちあがり眺めた。
 いつもと変わらぬ風景に、ただひとつ足りない。

 私の独白をお聞きいただいている諸賢よ。あなたは胡瓜の味噌汁なるものを飲んだことはあるだろうか。美味そうだと唾液を滴らす者がいれば、その意外さに眉を顰める者もいるだろう。私は後者だった。想像が及ばないものを口に運ぶのは勇気がいる。
 味噌汁とは玉葱と海藻が牛耳るべき料理。ゆえに胡瓜などと人間よりも水分の割合が多く(聞いて驚け、なんと九○%以上だそうだ)栄養を持たず野菜の風上にも置けぬ棒風情など、まるごと漬けものにしてしまうのが作法――のはずだが妻は違った。
 その日、白飯と焼き魚をつれ添って平気で並んだその胡瓜の味噌汁に、私は思わず異を唱えた。此奴は汁物に入れるべき人材ではない、と。いったい誰がかような蛮勇をひけらかしてしまったのか。
 食卓を二人分の器で満たせつつ、妻は交際中には見たこともない不敵な笑みで私に首を傾げてみせた。厚ぼったい二重がいつも柔らかい眼差しを作っていたが、その時ばかりは優しさを能ある鷹のごとく隠した。
「私の故郷ではよく食べたものよ。祖母の料理はいついかなる時も美味しくて……でも、そうね。東京の人の舌には合わないのかもしれない」
 まあ、代わりなどないけれど。小皿を置く際に、卓上で鳴る音が威嚇に思えて肩に力が入る。
 世界中の暖房器具を寄せ集めようと比べものにならないほどに熱を帯びた我々の新婚生活に、初めて溝を感じた瞬間がこれであった。冷ややかに笑うなどという器用な芸当が妻にできたことなど知らなかった。怯んでしまったと、すなおに吐露する。
 のちに我々はこれを味噌汁事件と呼ぶ。白い味噌に色素を失うほど煮られた手前。なにが美味いかと鼻で笑い、すすり食す。
 期待していた、あの食感はない、青臭さも失せている。これでは到底、漬けものにはできぬ、さながら胡瓜の異端児だ。まどろっこしい言いかたの自覚はあるので、結論を言おう。
 これは、美味い。
 椀に在るのは、味噌汁に調和する具としての胡瓜であった。これには私も驚いた。端的に言い換えるならば乙な味、というものだろう。妻が自信をもって出しただけあって、余すところなく好ましい料理と化していた。
 しかし否定をしておいて、時計の針が身じろぐ程度の間隔で撤回するのも格好がつかない。頭ごなしに拒んでしまったのは私が悪い。だからといってつまらぬ意地をあっさり捨てられるほど人ができてもいない。いや、それにしても食卓に並ばなくなってしまうのは名残惜しい。
 なにを言うにも、まずは味噌汁をたいらげた。まろやかでトゲもなく、主食らを謙虚に引きたてる、健気な汁物だ。そうして最大の譲歩を謳う。
「決してまずくはなかった。おまえが作りたいのなら、よいだろう」
 妻は普段どおりの渋い面をしているはずの私を見て、失礼にも笑い、おかわりを注いだ。指示した覚えもないが、文句をたれる前に椀は底を覗かせた。胃へあっさりと消えてしまって、世には俊敏な味噌汁が存在したのか、と感心した。そしてそのような料理を作った……なかなかどうして厄介な女と結婚してしまった。
 結局、私は黙々と注がれるがままに三杯も飲んでしまった。朝食にと多めに作ってあったはずの鍋も身軽になっている。こちらの意見も聞かずに食わせてくるほうが悪いのだ。いやはや、料理上手も罪である。

 今もなお、味噌汁事件は色あせない。他にもなにか、おもしろい思い出はあっただろうか。部屋を見わたし、ふりかえる。開け放したままの縁側が目につき、向かう。ライラックの匂いが強く胸を締めつける。妻はこの季節がいっとう好きだった。直前まできて迎えられないなんて、愚かなやつめ。
 十年ほど前の話、私がへたをうち怪我をして仕事を休んでいた日のこと。
 縁側でカイコの繭から糸を紡ぐ背中があった。華奢でか弱い姿は、陽光に照らされたまばゆい庭と対照的な影となり、より小さく見えた。瞬きでもすればたちまち消える陽炎にも思えて、慌てて並び座った。そうして、なかなか機会のない彼女のしろい手が繰る慣れた仕事姿を窺っていた。
 短く切り揃えられた爪は流行りの飾りもつけず炊事や洗濯のため、つねに清潔に保たれている。私の節くれ立ち、なぜだか歪んでいる爪とはまったく別のものと思えるほど、似つかなかった。手は人のおいたちを語るというが、この日ほど納得することもない。整っているそれらは絵画のようだ……とは言い過ぎか。あれらよりも庶民的であるから。――もうすこし偉い役職についてやれば、もう一寸は贅沢をさせてやれるか。思い悩んだこともあったが、おそらくどれだけ裕福になれど彼女は家政婦を雇うことをしなかっただろう。己の〝お嫁さん〟としての像をまっとうすることに関して、非常に頑固であったから。
 しかしそれだけ庶民であったとしても、私の妻は奇妙にもつねに美しく映えたのだ。この世の十二不思議にでも入れてもらえるのであれば嬉しい。
 彼女があんまりにもたやすく糸を紡ぐものだから私も、きっとできるだろうと手を伸ばした。快くやらせてもらえたはいいが、ながく日に当てた輪ゴムのようにプッツリと切れてしまい困惑した。それこそ水にさらしたそうめんを掬いとっているのかとも見まがう流れる手つきが、相当の技術によりなせるわざと気づくことに時間はかからなかった。
 苦闘しながらも仕上がった糸は太さが不均一でとても売りものになるようには見えなかったが、それでも妻は「ありがとうございます」と笑った。このような仕事を部下にされては、私は怒る。おまえは怒らないのか。彼女の紡いだ美しい絹糸を眺めて問うが、やはり笑うのだった。
「あなたはいつも、外でのお仕事を頑張ってくださっているでしょう」
 ああ、そうだ。おまえは知らないだろうが私はとてもすごい。いつか働いているところを見せてやりたいものだった。

 先ほど通りすがった玄関を見やる。
靴はふたり分も置いてあるのに片方はいつまでも綺麗に揃えられたまま。
私がはからずに足を引っかけて蹴りつまずくまでは、もう一寸も動くことはないのであろう。ひとりでに歩きだす靴というものは聞いたことがないゆえに。
 そういえば、と言うべきか。仕事から直帰した夕方も、職場の人間と連れあって呑みに行き夜が更けても、かならず妻は玄関で私を迎えた。そこまで気を張っていると苦労するぞ、と注意をしても頑固がゆえに聞きもしない。
「私が、お疲れのあなたをお迎えしたいのです」
 どうにも面映ゆく、荷物と上着とハットを預けてそそくさと食卓まで向かったものだ。
 せいぜい飽きるまで頑張ってもらおうではないか。その腹積もりで指摘もしなくなったけれども、彼女は結局、病で床に臥すまでずっと玄関にて笑顔を見せた。
「お帰りなさい。お疲れさまでした」家事のさなかに怪我をしたのだろう指を懸命に隠しながら、私をいたわるのだ。自分の仕事をわざわざ増やすなど阿呆のすることだ。
しかし、けっして嫌な気分にはならなかった。愛想をふり撒き、器用にも不幸をばら撒きはしない姿は、近所の輩にやたら惚れこまれるのも頷ける。とはいえ阿呆だ。

 中庭の鯉へ餌をやるのは私の趣味でもあった。毎日、朝食の前に彼らが飯にとびつく光景を眺め、年頃の男児を育てているようで穏やかな心持ちとなれた。
 我々はもちろん子どもを欲した。けれども妻は生まれつき体が弱く、それゆえに子どもができたとして、母子ともに無事に産めることは保証できない、と医者に言われていた。彼女はそれでも構わないと主張した。私は許さなかった。
 そのような莫迦が通用するとでも思っているのか。子は無事でも母親が失われてしまえば、私はひとりで育てる羽目になる。ああ、それはいけない。
 粗雑な性格こそが長所である私がそのような事態ともなれば、品行方正を絵に描いた人間となる必要に迫られる。私は子どもなぞ不要だと声を発した。なに、ふたり並んで眠っているときを思えば明らかだ。人が増えてしまえばそれだけ掛け布団争奪戦が激化してしまう。ふんぞり返って言いかえしてやる。
 妻はただ一言「ごめんなさい」と言って頬を緩めたが、どこかが痛んでいるような切なげな表情を押し隠していることくらいわかった。そのように謝ってほしいわけでは断じてなかった。

 妻がいなくなった家を一通り歩きまわってみたけれども、ここはあの姿が当然のように存在する場所ではなくなってしまっている。私はそれを確認するためにわざわざ動く死体然としてうろついていたのだ。皆が愚かだと言うだろう。
 私はただ、不安でしかたがないのだ。そわそわと落ち着かない己の行動は、普段のようとは言えない。当然を失って、初めて私にとってのあたりまえすら彼女にとってはそうでなかったかもしれないことを思う。
 私を看取る子どもが居ないことではない。鯉と自分の寿命競争をするのみであることではない。今後、食事はどうすべきかではない。ストーブの燃料が切れかけていることではない。焦げているトーストは食べられるのか否かではない。洗剤の買い置きがどこにあるかではない。
 おまえにしっかりと伝えることができていたのか。私はおまえを愛していたことを、おまえが居たからこそ私は煙管も酒にものめり込まず、女に溺れることもなく、それだのに幸せに満ちた毎日を過ごすことができたことを。
 おまえ在りきの幸福であったことは、伝えられていただろうか。
 おまえが居たから、おまえが亡くなったあとも思い出に胸を温められることを、知っていただろうか。
 みっともないと切り捨てた自分の感情が、まさか死んで初めて大切にすべきことと気づくなど。
 私は、世界でたった一人の妻を愛していたのだ。ずっとすなおでいられなかった私は、妻のせいにばかりしてしまった。
 胡瓜の味噌汁はおまえの故郷の味というだけあって相当に美味しいものであった。トーストをいつも焦がさずよい焼き加減で出してくれたのを、ひそかに誇らしく思っていた。私が昼間に仕事でぺこりぺこりと頭を下げつづけている疲労と比べものにならぬほど、妻としての圧力に耐え近所づきあいも円満で、内職もていねいにこなしている姿が格好よいほどであった。私はおまえが疲れてしまっているときに、優しくできていただろうか。へたくそな粥を作った記憶しかない。美しくたゆたう、私好みの黒髪をあたりまえのように保つ努力を、褒めたことはあったか。
 莫迦だとか阿呆だとか、なにを偉そうに言ったか。大莫迦者は私ではなかろうか。ああ、どうしてこんなにも、こんなにも愛おしいことを、妻が死ぬまで気づかぬのか。
 顔は熱いどころでない。止むことを知らぬ大雨にうたれて、呆然と立ちつくすのみだ。
 椅子にかかる若草色をたぐり寄せる。これは病院で亡くなる直前まで彼女が着ていたものだ。畳んでやらねば心配に戻ってきてしまうやもしれない。死後も楽をさせてやれない夫では情けなかろう。その思いでの行動だったが、ふと小さなポケットから紙の擦れる鳴き声がした。
 苺を摘むような手つきで探り、四つ折りのそれを広げる。
 それは世辞にも綺麗とはいえぬ筆跡で必死に書かれた、妻の最期のメッセージだった。書道が得意だった彼女は手足が衰えるほどに、字を思うように書けなくなっていた。その変遷の一片を感じ、後頭部に火がつくような熱を覚える。ぐっと息を詰めこらえて、読む。
 生活用品の仕舞い場所や、信頼できる家政婦の連絡先。
 そして――愛されていることを知っておりましたよ、幸せでした。そのような憎たらしい記述。本当にもう、おまえなんか。
「愛していたよ、最高の妻だよおまえは」
 最期まで。

 まっくろに焦げたトーストを食んで、届いた朝刊を読んで、仏壇で線香に火を点け、一日が始まる。家政婦は明日から来てくれるそうだ。それまで縁側で茶でも飲み、少ない写真を見返そう。どうせ私も長くはない命。今のうちに遺影を選んでおくのもひとつの手だ。未練なく死に、妻のもとへ迷わず辿りつく必要がある。
 なぜなら彼奴に直接「幸せだ」と言ってもらっていないのだから。そうして私も「愛している」と伝えねばならない。
 大切な人にはどうにも、しっかりと言葉にせねば、やりきれぬ思いに囚われてしまうようだから。