E10 夢の異世界ダンジョンへGO!

 2024年に富士の裾野にオープンした日本最大のヴァーチャルリアリティ施設、富士夢見館。
 僕は今、部活仲間の泰知に連れられ、その施設の受付モニター前にいた。
 泰知はここの特別会員に登録して通い詰めている。
 ここは家庭用に市販されているVRとは違い、脳に直接刺激を与えるタイプのVRで、よりリアルな夢を楽しめることが売り。大人気で特別会員にならないと予約を取るのも大変らしい。

「夢の中では好きな女の子とデートできるし、超能力を使い放題設定にすれば夢世界の神にだってなれる。設定次第で何にでも」

 泰知の説明に、初挑戦の僕の期待は膨らみ続けている。

 泰知が受付のモニターに自分のスマホをかざすと、ネット予約した確認画面が現れた。若い女の子を連想させる機械の高い声が流れてくる。

「いらっしゃいませ。ID 2025 マシュマロ仮面 さま。ご予約とご友人の紹介ありがとうございます。本日は、ご新規ID 83104 ガトリング さまをご招待、ということで受付いたしました。設定をご確認ください」

 画面は文字でいっぱいになった。
 世界設定から始まって、敵の有り無しなど、チェック項目は五百近くある。
 泰知は画面を指差した。

「おまえの希望通り、異世界風ダンジョン、他のユーザーとの戦闘ありで予約した。おまえは初めてだから防御力MAXにしたけど、これでいいか? やられて死ぬとドリーム終了になるから」

 設定変更は今しかできないらしい。チェックを入れないと全部おまかせになる。
 僕は画面を凝視した。泰知に頼んだ設定はちゃんと入っているかどうか。

「なあ泰知、僕が頼んだ設定って…」
「それならここ、特別希望欄に手打ちで入力しておいたけど、できるかどうかは微妙だろう。夢の世界で女子高生の生足に触りたいって、おまえはセクハラおやじか」
「うっせえ! 女の子の足を触るのは長年の夢なんだよ。現実ではいつもがまんしてんだ。夢の中でぐらい好きにさせろ。本当に触れる? 期待できる?」
「わからん。キスまでならできたけど、胸触りや本番はNGだった」
「足だけならできると僕は信じる」

 彼女いない歴二十年の僕。
 夢の中でもかまわない。女子高校生の美脚を触りたい。

 初期装備は機関銃を選択。もてるようにイケメン設定欄にもチェックを入れておく。
 かっこいい最強男になれば、女子高生の方から足を差し出してくれそうだ。
 広がる妄想が楽しすぎて顔が崩れてしまう。


 受付を終え、奥の部屋に案内され、泰知と並んで寝椅子に乗った。室内には、すでに夢を見ている人が何人もいる。
 すぐに手足が拘束されて、大きなフルフェイスのヘルメットをかぶると、椅子がゆっくりと倒された。

「夢の準備が整いました。 Have a nice dream」

 行くぜ、異世界ダンジョン! そこで女子高生に出会って、ちょっとだけ生足を触っちゃおう。


 次の瞬間には、暗い空間の中で仰向けになっている自分に気が付いた。
 周囲は暗すぎて何も見えない。
 さっそくヘルプを起動。ヘルプ、と念じれば目の前に半透明の画面が出てくるのだから便利なものだ。

「もう少し明るくしたいです」
「設定から調節できます」

 どこからか女性の声が返ってくる。

「そうか、設定」

 言葉にすると設定画面が目の前に現れた。ここで音量も調節。明度を上げると景色がはっきりした。
 ここは洞窟の中で、天井から鍾乳石が何本も下がっていた。
 すぐ近くには大きな地底湖があり、青く透明な水が広がっている。
 作り物とは思えないほどよくできていた。
 湖の水を鏡の代わりにして自分の姿を映すと、笑いが込み上げてきた。

 僕は確かにイケメンになっていた。
 顔はスケート界の皇帝似。銀髪に、高い鼻、堀が深く奥まったところにある目。日本人らしさはどこにもない。顔立ちは合格。
 だけど体が、、、、

 銀色に輝くメタルボディは防御力が高そうだけど、形は洋風棺桶そのものだった。
 せっかくのイケメン顔は、棺桶の蓋の部分に張り付けられたお面のように見える。
 しかも、この両手。
 手には機関銃。それは注文通りでも、僕の手そのものが両方とも機関銃の形で指はない。
 こんな手では女の子の足を触れない。やっぱりそういうのはNG?

 棺桶に手足が生えただけの体。
 この姿は時間が来て夢が終わるまでずっと続く。
 一日コースにしなくてよかった。

 姿に不満があっても、せっかく金を払っているのだから楽もう。
 前向き思考で重い体を起こして歩き出した。
 誰かに触るのが無理なら、この世界で戦いまくって最強戦士の称号を手に入れればいい。
 戦闘に勝利すれてば次回使えるポイントももらえる。
 戦い慣れている泰知と連携すれば負けなしだ。

「泰知、どこ? タイチー、おーい」

 返事は聞こえてこない。

 自分の重さにひいひい言いながら、死にかけの虫のようにダンジョン内を進む。
 こうなると、せっかくの機関銃付き腕はただの杖。
 こんなに頑張っているのに誰も来ない。泰知どころか、敵さんすらも出てこない。

 先が見えない洞窟行軍に飽きてきた。
 再びヘルプ。

「すいません、敵が一体も出てこないんですけど」
「この夢をお申し込みの、マシュマロ仮面さまのご設定で、エンカウント率が低になっております。エンカウント率の変更は、お申込みの方しかできません」
「一緒に申し込んだ連れにも会っていないです」
「マシュマロ仮面さまとは間もなくエンカウント予定です」

 敵と遭遇しにくい環境設定にしてあったってことか。受付の時、設定項目が多すぎてそこまで見ていなかった。

 それにしてもおもしろくない。もはや苦行だ。
 うめきながら進んでいるとダンジョンの奥に人影が見えた。
 目の前に現れた半透明の画面の上にID番号が走る。

  ID 2025 マシュマロ仮面

 泰知だ!
 向こうにも僕のIDは見えているらしく、やつは笑顔で近づいてきた。

「ガトリング、おまえすげえ棺桶ボディだな。ウケる。さすが防御力MAX。この棺桶の中身、どうなってんの?」
「知るか。おまえこそ、その恰好、ぐっとくるなあ」
「おまえが変態行為を頼んだからだろう。こんな姿になったのは初めてだけど、これイケてるよなあ」

 泰知は女子高生姿だった。セーラー服を着た知らない女の子。
 ストレートロングの黒髪で、絵にかいたような大きな目をしている。やわらかそうな頬に、ピンク色のふっくら唇にそそられる。そしてスカート下に伸びているすらりとした細い脚が。

「俺の脚、触る?」

 泰知の高いアニメ声でよけいに萌える。

「いっ、いいのか?」

 夢がかなう! 心拍数急上昇!

「一回お触りで牛丼定食おごれ」
「有料かよ」
「おごってくれないなら触らせてあげない」

 泰知は長い髪をかきあげて笑う。
 このやろう、そんな仕草も色っぽい。泰知は小悪魔だった。

「わかった。牛丼おごるから」
「交渉成立」

 これは本物の女子高生で、泰知であるはずがないと自己暗示をかける。

 「ガトリング、横になって」

 言われたとおりに仰向けに寝ると、泰知は僕の体に腰かけた。
 僕は棺桶型椅子にされてしまったけど、目の前すぐのところに泰知の尻がある。
 尻の形もいいから我慢する。ついでに尻も触らせろ。

「泰知、じゃなくて、マシュマロ仮面ちゃん、さ、さ、触っちゃうぞ。僕、こんな機関銃の手だけど、傷つけないようにやさしく触るから」
「どうぞ」

 僕は機関銃の手を伸ばした。
 たとえ彼女のやわらかさを感じることができなくても、女の子に触っているという気持ちの盛り上がりが大事だ。

「?」
「どうした、ガトリング。ちゃんと触れてるか?」

 泰知がかわいい声で笑っている。
 
 待て。
 僕の両腕、動かない!
 泰知の足から伸びてきた大量のすね毛に絡め捕られている!

「泰知、おまえ!」
「悪いけど、おまえの武器をもらうぜ。今回の俺の武器、このすね毛触手だけでさ」
「うごおわああー!」

ブチブチという嫌な音と共に、僕の両腕は強い力で肩から引き千切られていた。

「武器獲得。おまえ、ボディ以外は弱いな。取り返したいなら、俺を倒してみろ」

 泰知は自分のすね毛を使ってもぎ取った僕の両腕を使い、その場で数発試し打ちした。

「OK、予想通り、この腕型機関銃は俺でも使える。じゃあな、ガトリング。また後で」

 泰知は僕の腕を持ったままダンジョンの奥へ姿を消した。

「ゴオラァ、泰知!」

 連携プレイで敵を倒すどころか、やつはいなくなり、腕のない棺桶男の僕は起き上がれず取り残された。
 仰向けになって寝ているただの顔つき棺桶。
 動くのは足だけ。仕方なく足で地面を蹴り、天井しか見えない状態でズリズリと進む。

 そのうちに、奥の方から複数の足音が聞こえてきたけれど、僕は向きを変えることができず、そっちを見れない。
 足音は次第に近くなってきた。銃を撃つような音も聞こえる。
 勝手に戦っていろ。僕は参戦できないんだから関係ない。

「しつこいな、もう!」

 ただならぬ女性の声に聴覚が刺激される。
 泰知の声ではなく別の誰かだ。
 声はさらに大きくなり、やがて声の主が僕の前に姿を現した。

  ID 33065 うさぎ愛

 こいつの中身は老男かもしれないけど見た目だけは若そうな女の子だった。
 ロングブーツに、体の線がはっきりわかるぴっちりした赤い戦闘服を着用。その胸元だけが丸く穴が開いていて生身の谷間がチラ見え。いい感じに。

 彼女は僕の棺桶を飛び越え、敵から身を隠した。
 うさぎ愛は僕をバリケードにしてレーザー銃で応戦している。
 僕は完全に置いてきぼり。目を閉じて知らぬふりを続ける。
 つまらないから、またヘルプ画面を呼び出した。

「僕も参戦したいんですけど、どうにかなりませんか? 手がなくて自由に歩けません」
「申し訳ございません。一度奪い取られたアイテムは復活できないシステムになっております。どうしても不都合ならばドリームを終了できます」

 それはもったいない。この世界に入ってまだ一時間足らず。三時間コースの途中でやめても返金はない。

「この状態から脱出できる方法ってないですか?」
「一度だけなら本体機能の追加ができます。お付けする機能はランダムで選択はできませんが」

 そういえば登録時の説明事項に、途中で追加機能を頼めると書いてあった。
 今よりましになれるかもしれない。
 追加機能を注文した。

「承りました。ボディに機能を追加しました」

 モニターは消えた。
 何が追加された?
 そう思った瞬間に、棺桶の蓋がパカッと開いた。
 これが追加機能とは、がっかりだ。

 突然開いた僕の棺桶ボディ。戦闘に夢中になっていたうさぎ愛は、ようやく僕の存在に気が付いてくれた。

「この棺桶、キモーイ。顔が付いてる」
「ほっとけ!」

 近くの岩に弾丸が命中し、彼女は、蓋が開いた僕の中へ入って身を隠した。

 この子を追ってきたやつを確認。大きな二本の角を持つ緑の巨人、ミノタウルス姿だ。
 ダンジョン内が狭く見えるほどの巨体が近づいてくる。

  ID 123 さくらサク子

 やべぇ、こいつ、ID番号が三けたのベテランユーザーだ。
 目視できる武器はなくても銃の音が聞こえていたから、どこかに武器を隠し持っている。こんなやつが相手ではうさぎ愛が危ない。
 急に保護欲が出てきて、僕は強引に自分の蓋を閉じて彼女を棺桶内に閉じ込めた。

「いきなり何だ、この棺桶」
「うさぎちゃん、僕が守ってあげる。じっとしていて」

 さくらサク子は僕のボディをガンガン蹴ってきやがる。でも僕は顔を蹴られても平気。
 いつまでも蹴ってろ。痛いのはおまえだけ。僕のボディは防御力MAX設定でダメージは受けない。

 蹴られたはずみで体が一回転すると、体内にいるうさぎちゃんが悲鳴を上げた。
 うさぎちゃん、僕の中にいれば安全さ。相手にダメージを与えられなくて歯がゆいけど。
 チッ、手があれば応戦できるのに。
 手……! 
 ある!?!?

 いつのまにか、僕はうさぎちゃんを棺桶の中で抱きしめて、というか、細い体に手を回して固定していた。
 僕の棺桶の中には、二本の人間の手が存在していた。

 後ろから女の子を抱きしめる!
 これも憧れのシチュだ!
 この僕が体を張って、危険にさらされた女の子を守っている!
 ああ~いい。最高だ。
 いつ死んでもいい。

「この棺桶男! どさくさにまぎれて触るな。蓋を開けろ」
「外は危ないからね」

 うさぎちゃんをやさしく説得してみた結果、、、、、、、、

 轟音と共に僕の棺桶の蓋は中から吹き飛ばされていた。
 走っていくうさぎちゃんの後ろ姿が遠くなる。

 状況からして、僕は彼女に内部から蓋を焼き切られ爆破されたらしい。

「待ってよ、うさぎちゃん」

 この体で彼女を追うのは不可能だ。
 さくらサク子はまだそこにいる。
 手があるなら戦える!

 僕は内蔵の手を使って立ち上がり、自分の棺桶の蓋を拾って振り回した。
 ミノタウルスが徐々に後退していく。やつの攻撃は僕には効かない。
 これはいける! 
 棺桶の蓋は、重さがあるだけに振り回して当てれば、強力な武器になる。

 食らえ、棺桶ハリケーン!

 僕の攻撃が命中したさくらサク子は、手足を広げてダンジョンの壁に叩きつけられた。壁にめり込んだやつはすぐに動けない。

 今でしょ!
 くたばれ、さくらサク子!

 僕はためらわず棺桶の蓋を何度も振り下ろした。

  ID 123 さくらサク子 は戦闘不能になりました。あなたの勝利です。

 さくらサク子の姿が消滅し、目の前に走る文字を確認した僕は勝利のおたけびをあげた。



 時間が来て夢から覚めた僕は、泰知と笑い合いながら施設内のインフォメーションへ向かっていた。

「さくらサク子を沈めたって、すげえな、おまえ。あいつは降参しても戦いをやめない凶暴な有名人だぜ。見かけたら逃げるに限る。倒れされたらドリーム強制終了なんだからさ」
「そんなすごいやつだったのか」
「しかも、おまえ、俺以外の女をちゃっかり触ったって、それもすげえ。おまえの手、俺が奪い取ったのに」
「おまえにやられたのは悔しいけど、ここを紹介してくれたから許す。楽しかった。泰知、ありがとな」

 インフォメーションで特別会員に登録した僕は次の予約を取った。
 今回は防御力を上げすぎて失敗したから次回はスピード重視にして、人間の手の設定で申し込んだ。



 次の予約日が来て、僕は、わくわくしながら富士夢見館へやってきた。

 今回の僕は憧れの灼眼。力めば目から炎が出る。
 おまかせにした初期装備は鉄の牙。これも使えそうだ。武器を持っていない分、身が軽い。さすがスピード重視設定。

 ただ、求めていたものとは違う感はでかい。

 今日の僕は、大人の猫ほどの大きさしかなく、体全体が滑らかな毛で覆われたうりんこ姿だった。両前足だけ注文通りの人間の手。
 二足歩行ができないなら、この人間の手、いらなくね?

 がっかりする暇もなく敵の気配を感じた。
 今回のエンカウント率は高めにしてある。
 見えているだけで敵が二体、こっちへ向かってきている。
 身軽なこの体を生かして戦うしかない。

 小さな獣の僕は、目から炎を出しながらダンジョンの奥に向かって勇ましく走り出した。 
 牙をむき出しにして、かわいい尻尾を揺らし、背後から見たら超魅力的な四つんばい姿で。


 突進! 僕は猪王になる!